白夜航路・1
白い、おんなだった。何処もかしこも鑢を掛けた様に滑らかで丸みを帯びており、角と言うものがないおんなだった。
「今晩は」
「こんばんは」
暗い部屋で群青のソファーに身体を投げ出し、眠たげな声で私に挨拶を返す。蜂蜜の様に、とろとろと重い甘さのある声だった。
「こんな夜に出歩いてはなりませんよ。北極星が震えているではないですか」
「ええ、けれどオリオンが大変青白かったので」
ふふふ、と声を出さずに笑うおんなは、裸身を白いシーツ一枚で覆っている。何処までも白い背中を朦と見ていると、おんながすい、と腕を伸ばした。
「折角いらしたのです。お一つ、いかがですか」
「宜しいのですか」
ええ、と重たげに睫を震わせておんなは頷き、ふう、と小さく息を吐く。すると、その瑕一つない膚の下にするすると細い緑が這うのが透けて見えた。やがて、ぷつり、ぷつりと所々から小さな葉が膚を破って姿を現す。見る見るうちに葉は大きくなり、その間には幾つか白い蕾すら見え始める。私は唯待った。おんなも唯待っている。くらがりの中で磨かれた紅水晶の様な爪がつい、と揺れた時、ぱちんと一つの蕾が弾けた。
「薔薇ですね」
「薔薇ですわ」
おんなの指先で幽かに震える花は、私のがさつな手には華奢過ぎた。如何しようかと思っていると、おんながゆったりと身を起こし、ぷつりと花を摘み取る。その時、まるで作り物の様に完璧だった指先からぽつりと赤い珠が零れ落ちた。それすら紅玉の様だった。おんなは構わず、私に花を差し出す。
「さあ、どうぞ」
気付けば、花の縁が薄紅に染まっていた。嗚呼、これがこの花の本当の色だったのだと思い出し、私はそれを大切に心臓の隣に仕舞った。