白夜航路・5
目の前の赤い紅いスウプに、銀の匙を入れる。蛋白石の縁取りを施された水晶の器は、思った通りシャンデリアの光を良く映した。お兄様にはとても相応しい。
「不思議なグレイですわね。少し青みがかって、とても綺麗」
「灰青、と私の母さまの国では言うのだよ。母さまご自身は、漆黒だったのだが」
お兄様は長い指を優雅に組み、さあ、と私を促された。
「お義姉さまは悲しまれるかしら」
注意深く匙を使いながら、私はくすくす笑う。お兄様も薄っすらと笑い、
「いけない子、分かっている事を訊くものではないよ。あれは私の首が転げ落ちても、化粧を続けるだろう」
とお応えになった。白皙の美貌を縁取る黒髪が、さらりと揺れる。その雪花石膏の様な膚の下に、鮮やかな紅玉が流れているのを今の私は知っている。
「お前の口には、少し大きかっただろうか」
「ええ、でも、」
私は銀の匙を口元に運び、澄んだ赤を流し込む。ぞくりとする程甘かった。嗚呼もっと苦ければ良かったのに、と思う。
「我儘を、どうか許して下さいませ」
唇から転がり落ちた言葉を、お兄様は柔らかに拒絶なさった。
「お前は、目の前のそれすら戯れにする気かい」
赤に染まらぬ球体の乳硝子。その中央に嵌め込まれた灰青が、私を凝っと見つめ返す。いいえ、と呟き、私は傷付けぬ様注意深くそれを掬い上げて唇に当てた。ひやりと滑らかで、やはり、甘い。口に含むと、それは丁度良く舌を封じた。
「私の光は、お前の命の一部を担う。口先の誓約等何だと言うのだ。身の内に私を潜ませて嫁ぐが良い、私のジークリンデ」
眼帯をしたお兄様が高らかに笑う。口の中で、お兄様の二十数年間の光がぱしゃりと弾けた。